大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1458号 判決

主文

一  甲事件について

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  乙事件について

1  原告西村光雄の主位的請求を棄却し、予備的請求に係る訴えを却下する。

2  その余の原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件について

1  請求の趣旨

(一) 被告は、昭和五九年七月一六日の取締役会決議に基づく記名式普通額面株式三万株の新株発行をしてはならない。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 本案前の答弁

(1) 原告らの本件訴えをいずれも却下する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(二) 本案の答弁

主文第一項と同旨

二  乙事件について

1  請求の趣旨

(一) 主位的請求として、被告は、昭和五九年八月二三日の取締役会決議に基づく記名式普通額面株式一万株の新株発行をしてはならない。

(二) 予備的請求として、被告が額面金額一株金五〇〇円、発行価額一株金三九〇七円、割当者株式会社明星観光サービスとして、昭和五九年九月一五日になした記名式普通額面株式一万株の新株発行は無効とする。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 本案前の答弁

(1) 原告らの本件訴えをいずれも却下する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(二) 本案の答弁

(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 当事者

(一) 被告は、昭和三三年に設立された一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)及び一般貸切旅客自動車運送事業(貸切バス事業)を業とする株式会社であり、資本の額は金三五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は七万株(一株の額面金額は金五〇〇円)、株主の数は三八名であり、株主の明細は、別紙株主明細表記載のとおりである。

(二) 原告らは、被告設立のころからの株主であり、同表記載の株式を有するものである。

2 新株発行事項の決定

被告は、昭和五九年七月一六日、取締役会において、次の(一)ないし(六)の要領による新株発行(以下「本件第一次新株発行」という。)を決議した。

(一)発行新株式数 記名式普通額面株式三万株

(二)額面金額 一株につき金五〇〇円

(三)発行価額 一株につき金一〇〇〇円

(四)申込期日 昭和五九年八月八日

(五)払込期日 同月九日

(六)割当者、割当株式数 訴外株式会社明星観光サービス(以下「明星観光サービス」という。)二万四五〇〇株

同佐川一雄 五五〇〇株

3 新株発行差止事由

(一)商法二八〇条の二第二項違反(有利発行)

(1) 商法二八〇条の二第二項は、株主以外の者に対し特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合には、株主総会の特別決議を要する旨定めている。

(2) 本件第一次新株発行によって新株を割り当てられる明星観光サービス及び佐川一雄は、被告会社の株主ではない。

(3) 被告の株式は、証券取引所に上場されておらず、店頭取引もなされていない。このような非公開株式について一般に行われている時価の算定方法である純資産価額方式及び類似業種比準方式の折衷によって被告の株式の時価を算定すると、一株金八六二三円である。

(4) ところが、本件第一次新株発行においては、明星観光サービス及び佐川一雄に対し一株について金一〇〇〇円の価額で新株三万株を発行するのであるから、これは、株主以外の者に対し特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合にあたる。

(5) そうすると、本件第一次新株発行については株主総会の特別決議を要するのにこれがなされておらず、法令に違反するものである。

(二) 著しく不公正な方法による新株発行

(1) 被告会社の役員は、代表取締役橋本等、同鈴木勇、取締役訴外中西正勝、同大岡馨、同沢田留三郎、監査役訴外小松喬一郎であり、その保有株式数は、次のとおりである。

現在 昭和五一年三月

橋本等 一万三五二三株 一万六一三株

鈴木勇 一万三五二三株 一万六一三株

中西正勝 三三〇〇株 二〇〇〇株

大岡馨 八二三株 五八九株

沢田留三郎 二四五六株 二九一株

小松喬一郎 五〇株

合計 三万三六七五株 二万四一〇六株

(2) 右のとおり、同人らの保有株式数は、昭和五一年三月当時に比べて増加しているが、これは、橋本等と鈴木勇が明星観光サービスの保有していた被告株式九六二四株を役員に譲渡分配する等の多数派工作を行ったことによるものである。しかし、橋本等及び鈴木勇の保有株式数は、合計二万七〇四六株で全体の三六・六三パーセントであり、また、役員全員の保有株式数は、合計三万三六七五株で全体の四八・一〇パーセントであって、いずれにしても過半数に達せず、橋本等及び鈴木勇の立場は極めて不安定なものである。

(3) 本件第一次新株発行は、明星観光サービスに二万四五〇〇株、佐川一雄に五五〇〇株の合計三万株を発行するものであるが、明星観光サービスは橋本等及び鈴木勇の支配下にあり、また、佐川一雄は被告会社の常任顧問であり橋本等及び鈴木勇の同調者であるから、橋本等及び鈴木勇の保有株式数合計は、前記二万七〇四六株に右三万株を加えると五万七〇四六株で全体の五七・〇四パーセントに、また、全役員の保有株式数合計は、前記三万三六七五株に右三万株を加えると六万三六七五株で全体の六三・六七パーセントとなり、いずれも新株発行後の株式数一〇万株に対し一挙過半数を突破することになる。

(4) 本件第一次新株発行は、昭和五九年五月決定の新株発行事項を同年七月一六日の取締役会でわざわざ変更し、割当者を変え、払込期日を急に早めるなどして実施されたものである。これは、被告代表者の方針(新株発行及びバス部門の分離等)に反対する株主の動きを本件第一次新株発行により数の力で早急に封じ込めようと企図したものである。

(5) 被告には、本件第一次新株発行によって資金を調達しなけばならない現実の必要性は全くない。本件第一次新株発行は、何ら資金需要が存しないのに、被告会社代表取締役橋本等及び同鈴木勇が反対派の勢力を低下させて同人らの支配権を確立する目的で、同人らの支配する明星観光サービス及び同人らを支援する佐川一雄に新株三万株全部を割り当てるものである。したがって、本件第一次新株発行が著しく不公正な方法による株式発行であることは明らかである。

4 原告ら株主の受ける不利益

本件第一次新株発行の発行株式数は三万株で、従前の発行済株式総数は七万株であるから、四二・八五パーセントの大幅増資である。その結果、原告らの議決権の割合は著しく低下し、また、配当率の低下によって得べかりし配当金の一部を失うことになり、原告らは多大の損害を受けるおそれがある。

5 よって、原告らは、被告に対し、本件第一次新株発行の差止めを求める。

二  本案前の抗弁

1 原告適格の欠如

(一) 訴外エムケイ株式会社(代表取締役訴外青木定雄、以下「エムケイ」という。)は、昭和五三年八月四日、京都地方裁判所昭和五三年(執イ)第七三八号競売事件において、原告西村光雄が所有していた被告の株式全部を競落し、その引渡しを受けた。したがって、原告西村光雄には原告適格がない。

(二) 原告西村光雄及び同北村豊藏以外の原告二一名(以下「原告二一名」という。)は、昭和五九年七月ころ、いずれもその所有していた被告の株式全部を原告北村豊藏に売却し、引き渡した。したがって、原告二一名には原告適格がない。

(三) 原告北村豊藏は、その後、右により取得した株式全部と自己が従来から所有していた被告の株式全部をエムケイ又は青木定雄に売却し、引き渡した。したがって、原告北村豊藏には原告適格がない。

2 訴えの利益の欠缺

本件第一次新株発行は、その申込期日前に原告らの申請に係る昭和五九年八月六日付け新株発行差止仮処分決定(京都地方裁判所同年(ヨ)第六九三号事件)により差し止められ、割当者らは、右決定を尊重して申込期日に申込みをなさず、また払込期日にも払込みをしなかったため、商法二八〇条の九第二項の規定により割当者としての権利を喪失したので、被告会社取締役会の本件第一次新株発行決議は失効し、以後同決議に基づく新株発行は不可能となった。したがって、原告らの本件訴えは、いずれも訴えの利益を欠くものである。

三  本案前の抗弁に対する認否及び主張

1 本案前の抗弁1(原告適格の欠如)について、(一)の事実は認める。(二)のうち、原告二一名は、昭和五九年七月ころいずれもその所有していた被告の株式全部を原告北村豊藏に売却したことは認め、その余の事実は否認する。(三)の事実は否認する。

ところで、被告会社の定款には、株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めがあり、原告らは、株主名簿上においては、別紙株主明細表記載のとおりの株式を有する株主であるから、被告としては、原告らを株主として取り扱うべきである。したがって、右本案前の抗弁は失当である。

2 本案前の抗弁2(訴えの利益の欠缺)の事実は否認する。

四  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実(当事者)について、(一)のうち、被告は、昭和三三年に設立された一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)及び一般貸切旅客自動車運送事業(貸切バス事業)を業とする株式会社であり、資本の額は金三五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は七万株(一株の額面金額は金五〇〇円)であることは認め、その余は否認する。(二)のうち、原告らは、被告設立のころからの株主であり、昭和五七年当時別紙株主明細表記載のとおりの株式を有していたことは認め、その余は否認する。

2 同2の事実(新株発行事項の決定)は認める。

3 同3の事実(新株発行差止事由)について、(一)のうち、(1)、(2)は認める。(3)のうち、被告の株式は、証券取引所に上場されておらず、店頭取引もなされていないことは認め、その余は否認する。(4)、(5)否認する。なお、本件第一次新株発行における発行価額は、公正な価額である。(二)のうち、(1)は認める。(2)、(3)は否認する。(4)のうち、本件第一次新株発行は、昭和五九年五月決定の新株発行事項を同年七月一六日の取締役会で変更し、割当者を変え、払込期日を急に早めるなどして実施されたものであることは認め、その余は否認する。なお、本件第一次新株発行は、多額の資金需要が存在したためになしたものであり、資金調達の方法、割当者の選定等が適法であることはもちろん、経営判断としても妥当なものである。

4 同4の事実(原告ら株主の受ける不利益)は否認する。

5 同5は争う。

五  抗弁

1 株主たる地位の喪失

前記二(本案前の抗弁)の1の各事実のとおりである。

2 株主権の濫用

原告らの本訴請求は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)に違反するものであり、権利の濫用である。

(一) 独禁法一九条、二条九項六号違反について

エムケイは、その関連会社として、訴外株式会社駒タクシー、同三和交通株式会社、同エムケイ産業株式会社、同株式会社永井石油等を有しており(以下「エムケイグループ」という。)、エムケイ及びエムケイグループの支配株主かつ経営者は、青木定雄である。エムケイ、エムケイグループ及び青木定雄は、昭和五九年七月ころまでに、競争関係にある被告会社の株主でありその相談役として役員の地位にあった原告らに対し、株主権の行使、他の株主からの株式の取得、秘密の漏えい、虚偽の風説の流布その他いかなる方法を用いても、被告の正当な事業活動を妨害する等被告の不利益となる行為をするように、多額の利益の供与ないしその約束等をして不当に誘引、教唆し、又はその目的が実現しない場合は、既に供与した利益の返還を求めて右同様の行為を強制し、更に自ら又は原告らをして、被告会社の他の株主又は役員の殆ど全員に対し、右同様の行為をするように不当に誘引、教唆し、又は強制したものである。右行為は、いずれも独禁法一九条、二条九項六号後段、公正取引委員会の一般指定「不公正な取引方法」一六に違反するものである。

(二) 独禁法一〇条一項、一四条一項、一七条違反について

エムケイ、エムケイグループ及び青木定雄は、右(一)のような事情のもとに原告らから被告の株式を買収しており、京都のタクシー業界における現在の勢力情勢から考えて、被告の乗っ取りが敢行されれば、市場支配力が形成され、競争の実質的制限になり、これは、独禁法一〇条一項、一四条一項、一七条に違反するものである。

(三) 独禁法一四条二項、一七条違反について

エムケイらは、昭和五九年七月中旬までに、競争関係にある被告の発行済株式総数七万株の一〇パーセントにあたる七〇〇〇株を越える株式を所有するに至ったのに、所定の手続がとられておらず、これは、独禁法一四条二項、一七条に違反するものである。

六  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実(株主たる地位の喪失)についての認否は、前記三(本案前の抗弁に対する認否)の1における関係部分のとおりである。

2 抗弁2は争う。なお、本件第一次新株発行によって利益を受けるのは、橋本等、鈴木勇らであり、その犠牲となって不利益を受けるのは、原告ら一般株主である。原告らは、あくまで橋本等、鈴木勇らの自己の利益を図る一連の策謀に対する防衛行動として本訴を提起しているのであって、飛行の主張は失当である。

七  再抗弁(抗弁1に対して)

前記三(本案前の抗弁に対する認否及び主張)のうち、主張事実のとおりである。

八  再抗弁に対する認否

争う。

(乙事件について)

一  請求原因

1 当事者

当事者は、甲事件の当事者と同じである(ただし、原告らについては、甲事件原告池部千代子を除く。)

2 新株発行事項の決定

被告は、昭和五九年八月二三日、取締役会において、次の(一)ないし(六)の要領による新株発行(以下「本件第二次新株発行」という。)を決議した。

(一)発行新株式数 記名式普通額面株式一万株

(二)額面金額 一株につき金五〇〇円

(三)発行価格 一株につき金三九〇七円

(四)申込期日 昭和五九年九月一三日

(五)払込期日 同月一四日

(六)割当者、割当株式数 明星観光サービス一万株

3 新株発行差止事由

(一) 商法二八〇条の二第二項違反(有利発行)

(1) 前記甲事件の一(請求原因)の3の(一)(1)のとおり

(2) 同(2)中、「本件第一次新株発行」を「本件第二次新株発行」と訂正し、「佐川一雄」を削除するほか、同項のとおり

(3) 同(3)のとおり

(4) ところが、本件第二次新株発行においては、明星観光サービスに対し一株について金三九〇七円の価額で新株一万株を発行するのであるから、これは、株主以外の者に対し特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合にあたる。

(5) 前記甲事件の一(請求原因)の3の(一)(5)中、「本件第一次新株発行」を「本件第二次新株発行」と訂正するほか、同項のとおり

(二) 著しく不公正な方法による新株発行

(1) 前記甲事件の一(請求原因)の(二)(1)のとおり

(2) 同(2)のとおり

(3) 本件第二次新株発行は、明星観光サービスに一万株を発行するものであるが、明星観光サービスは橋本等及び鈴木勇の支配下にあるから、橋本等及び鈴木勇の保有株式数合計は、前記二万七〇四六株に右一万株を加えると三万七〇四六株で全体の四六・三〇パーセントに増え、また、全役員の保有株式数合計は、前記三万三六七五株に右一万株を加えると四万三六七五株で全体の五四・五九パーセントとなり、新株発行後の株式数八万株に対し一挙過半数を突破することになる。

(4) 本件第二次新株発行は、昭和五九年五月決定の新株発行事項を同年七月一六日の取締役会でわざわざ変更し、割当者を変え、払込期日を急に早めるなどし、更にこれを同年八月二三日の取締役会で変更したものである。これは、被告代表者の方針(新株発行及びバス部門の分離等)に反対する株主の動きを本件第二次新株発行により数の力で早急に封じ込めようと企図したものである。

(5) 被告には、本件第二次新株発行によって資金を調達しなければならない現実の必要性は全くない。本件第二次新株発行は、専ら被告会社代表取締役橋本等及び同鈴木勇が反対派の勢力を低下させて同人らの支配権を確立する目的で、同人らの支配する明星観光サービスに新株一万株全部を割り当てるものである。したがって、本件第二次新株発行が著しく不公正な方法による新株発行であることは明らかである。

4 原告ら株主の受ける不利益

本件第二次新株発行が強行されるならば、原告らの議決権の割合は著しく低下し、また、配当率の低下によって得べかりし配当金の一部を失うことになり、原告らは多大の損害を受けるおそれがある。

5 新株発行無効事由

(一) 商法二八〇条の二第二項違反(有利発行)

前記3の(一)のとおり

(二) 著しく不公正な方法による新株発行

前記3の(二)のとおり

(三) 仮処分違反

(1) 申請人原告北村豊藏、被申請人被告間の京都地方裁判所昭和五九年(ヨ)第八五八号新株発行差止仮処分事件について、昭和五九年九月一二日、本件第二次新株発行を差し止める旨の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)があり、右決定は、同日被申請人被告に送達された。

(2) しかるに、本件第二次新株発行は、本件仮処分決定に違反してなされたものであるから、無効である。蓋し、右のような新株発行が無効でないとすれば、取締役の損害賠償責任(商法二六六条一項五号)は差止請求の有無にかかわらず認められるものであるから、差止請求権を一つの権利として認めた趣旨が没却されることになり、また、仮処分命令の帯有する公的性格に着目し、新株発行差止めの仮処分は、裁判所により公権力で認められた命令であり、法秩序の尊重という公共の目的から、これに十分の実行性をもたせるため、対世的効力が認められるべきだからである。

6 よって、原告らは、被告に対し、主位的には本件第二次新株発行の差止めを、予備的には本件第二次新株発行を無効とすること(以下、この訴えを「本件新株発行無効の訴え」という。」を求める。

二  本案前の抗弁

1 原告適格の欠如

前記甲事件の二(本案前の抗弁)の1のとおり、原告らには原告適格がない(ただし、同項(二)(1)の中、「原告二一名(以下「原告二一名」という。)」とあるのを、「原告二〇名(以下「原告二〇名」という。」と訂正し、同(2)中、「原告二一名」とあるのを、「原告二〇名」と訂正する。)。

2 訴えの利益の欠缺(主位的請求に対して)

被告は、本件仮処分決定送達の日の翌日である昭和五九年九月一三日に仮処分異議の申立てをなすとともに、同月一四日の払込期日までに割当者たる明星観光サービスから本件第二次新株発行に係る株式の払込みを受け、本件仮処分決定に違反して本件第二次新株発行を実施した。したがって、原告らの本件訴えは、いずれも訴えの利益を欠くものである。

3 訴え変更の要件不備(予備的請求に対して)

(一) 本件第二次新株発行差止めの訴えから本件新株発行無効の訴えへの変更(以下「本件訴えの変更」という。)は、両訴の間に請求の基礎の同一性がないから、許されない。

(二) 本件訴えの変更は、訴えの予備的追加的変更であるが、これには理論的に許されない。

4 出訴期間の徒過(予備的請求に対して)

新株発行無効の訴えについては、新株発行の日(払込期日の翌日、本件第二次新株発行については昭和五九年九月一五日)から六か月以内に提起することを要する(商法二八〇条の一五第一項)との出訴期間の制限があるところ、本件訴えの変更の申立ては右出訴期間経過後である昭和六〇年一二月二日になされており、本件新株発行無効の訴えは出訴期間の遵守に欠けるところがあり、不適法である。

三  本案前の抗弁に対する認否及び主張

1 本案前の抗弁1(原告適格の欠缺)についての認否及び主張は、前記甲事件の三(本案前の抗弁に対する認否及び主張)の1のとおりである(ただし、同項中、「原告二一名」とあるのを、「原告二〇名」と訂正する。)。

2 本案前の抗弁2(訴えの利益の欠缺)について、(一)は否認する。被告は、訴訟においても訴訟外においても、これまで一貫して本件第二次新株発行の実施事実を主張せず、むしろ株主総会や財務諸表等の公の文書並びに登記面においては、株主や資本金を従前のままに公表、表示して、本件第二次新株発行の事実を積極的に否定する言動をなしてきたものであり、これに対し、原告らは、被告が裁判所の仮処分決定に違反して本件第二次新株発行を強行するとは思いもかけず、これを知る手段も全くなかったものである。

(二)は争う。

3 本案前の抗弁3(訴え変更の要件不備)はいずれも争う。本件第二次新株発行差止めの訴えと本件新株発行無効の訴えとの間には請求の基礎の同一性があり、また、右の前訴から後訴への訴えの予備的追加的変更は、理論的に可能である。

4 本案前の抗弁4(出訴期間の徒過)のうち、本件新株発行無効の訴えが出訴期間の遵守に欠け、不敵法であるとの主張を争い、その余は認める。

(一) 新株発行無効の訴えについての出訴期間の制限(商法二八〇条の一五第一項)は、絶対的なものではない。被告は、前記三の2のとおり、これまで信義則に反する行動をとっており、また、本件第二次新株発行においては、割当者が被告の関連会社である明星観光サービス一社であり、本件訴えの変更を認めても取引の安全を阻害することもないから、同条の立法趣旨にも反しない。したがって、本件訴えの変更は、許容されるべきである。

(二) 新株発行差止めの訴えと新株発行無効の訴えとは、共に「著しく不公正な方法」による新株発行の効力を否定する訴えとして共通性を有し、提訴者の合理的意思を解釈すれば、前者の提訴に後者の提訴が含まれると見ることができるから、本件新株発行無効の訴えについては、出訴期間の遵守に欠けるところはないというべきである。

四  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実(当事者)に対する認否は、甲事件の四(請求原因に対する認否)の1のとおりである(ただし、原告らについては、甲事件原告池部千代子を除く。)。

2 同2の事実(新株発行事項の決定)は認める。

3 同3の事実(新株発行差止事由)について、(一)のうち、(1)、(2)は認める。(3)のうち、被告の株式は、証券取引所に上場されておらず、店頭取引もなされていないことは認め、その余は否認する。なお、本件第二次新株発行における発行価額は、公正な価額である。(二)のうち、(1) は認める。(2)、(3)は否認する。(4)のうち、本件第二次新株発行は、昭和五九年五月の新株発行決議内容を同年七月一六日の取締役会で変更し、割当者を変え、払込期日を早めるなどし、更にこれを同年八月二三日の取締役会で変更したものであることは認め、その余は否認する。(5)は否認する。

4 同4の事実(原告ら株主の受ける不利益)は否認する。

5 同5の事実(新株発行無効事由)について、(一)、(二)についての認否は、前記3のとおりである。(三)のうち、(1)は認め、(2)は争う。なお、たとえ(一)ないし(三)の事由が存在したとしても、取引の安全保護の観点から考えて、その瑕疵は、新株発行無効事由とはならないものと解すべきである。

五  抗弁

前記甲事件の七(抗弁)の3(株主権の濫用)のとおり

六  抗弁に対する認否

前記甲事件の六(抗弁に対する認否)の3のとおり

第三  証拠(省略)

理由

第一  甲事件について

一  本案前の抗弁1(原告適格の欠如)、同2(訴えの利益の欠缺)ついて

1  新株発行差止請求権(商法二八〇条の一〇)は、その権利行使時以降新株発行時までに行われるべき諸々の発行手続のすべて、すなわち、証券取引法による届出、割当日の決定及び公告、新株引受権者への通知又は公告、株式申込証の作成、銀行との株金払込取扱契約の締結、割当て、株券の作成等の連続して進められる一連の行為の不作為を求めることを内容とする債権であり、新株発行差止めの訴えは、会社に対し、右のような新株発行手続を進めないという不作為義務の履行を求める給付訴訟と解することができる。

ところで給付訴訟における原告適格としては、給付請求権を有する旨主張する者が原告となっておれば、右要件は充足されるというべきところ、本件新株発行差止めの訴えにおいて、原告らは、自らが新株発行差止請求権を有する株主である旨主張して右訴訟を提起しているのであるから、原告適格として欠けるところはないと解すべきであり、原告らが実体上被告の株主であるかどうかの点は、本件第一次新株発行差止請求権の存否の判断である本案の問題というべきである。

2  次に、新株差止請求権は、会社が新株発行の手続を開始することによって(通常は取締役会による新株発行事項の決定のとき、代表取締役が取締役会の決議を経ないで新株の発行を行った場合は、その意思が外部に表示されたとき、例えば、株式申込証の作成や特定銀行との払込取扱契約の締結等)発生し、新株発行の日、すなわち払込期日の翌日(商法二八〇条の九)の到来(払込期日の経過)によって、株金の払込みの事実の有無にかかわらず消滅するものと解されるから、払込期日の経過によって新株発行差止請求権が消滅すべきことは、1と同様に本案の問題というべきである。

3  そうすると、被告が本案前の抗弁1(原告適格の欠如)、同2(訴えの利益の欠缺)としてなしている各主張は、いずれも本案の問題として位置付けられるべきものであるから、本案前に判断の限りではない。したがって、右本案前の抗弁は採用の限りでない。

二  請求原因について

1  請求原因1の事実(当事者)について、(一)のうち、被告は、昭和三三年に設立された一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)及び一般貸切旅客自動車運送事業(貸切バス事業)を業とする株式会社であり、資本の額は金三五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は七万株(一株の額面金額は金五〇〇円)であること、同1(二)のうち、原告らは、被告設立のころからの株主であり、昭和五七年当時別紙株主明細表記載のとおりの株式を有していたこと、同2の事実(新株発行事項の決定)は、当事者間に争いがない。

2  ところで、新株発行差止請求権は、新株発行の日、すなわち払込期日の翌日の到来(払込期日の経過)によって、株金の払込みの事実の有無にかかわらず消滅すると解すべきこと前記一の2に説示のとおりであるところ、本件第一次新株発行における払込期日が昭和五九年八月九日であったことは争いないから、その経過よって、新株発行に対する差止請求権は、当然に消滅したことになる。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は、その請求原因事実自体において失当であり、棄却を免れない。

第二  乙事件について

一  主位的請求(新株発行差止請求)について

1  本案前の抗弁1(原告適格の欠如)、同2(訴えの利益の欠缺)について

被告主張の右各本案前の抗弁は、新株発行差止請求訴訟においては、いずれも本案の問題として位置付けられるべきもので、本案前に判断の限りでないこと、前記第一の一に説示のとおりであるから、この点の被告の主張は理由がない。

2  請求原因について

(一) 請求原因1の事実(当事者)については、前記第一の二の1に判示のとおりである(ただし、原告らについては、甲事件の原告池部千代子を除く。)。

(二) 請求原因2の事実(新株発行事項の決定)は当事者間に争いがない。

(三) ところで、新株発行差止請求権は、新株発行の日、すなわち払込期日の翌日の到来(払込期日の経過)によって、株金の払込みの事実の有無にかかわらず消滅すると解すべきであることは前記第一の一の2において説示のとおりであるところ、本件第二次新株発行における払込期日が昭和五九年九月一四日であったことは争いないから、その経過によって、本件第二次新株発行に対する差止請求権は、当然に消滅したことになる。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件第二次新株発行の差止めを求める主位的請求は、その請求原因事実自体において失当であり、棄却を免れない。

二  予備的請求(新株発行無効請求)について

1  本案前の抗弁3(訴え変更の要件不備)について

民事訴訟法二三二条一項は、訴えの変更につき、「請求の基礎」に変更がなく、しかも訴えの変更が訴訟追行を著しく遅滞させない場合に限りこれを認めることとしているが、こゝにいう「請求の基礎に変更がない」、すなわち「請求の基礎に同一性がある」とは、請求を訴訟物として構成する以前の前法律的な利益関係ないし社会的事実関係の同一性をいうと解されるところ、本件第二次新株発行差止めの訴えと本件新株発行無効の訴えとは、ともに本件第二次新株発行によって不利益を受ける従来の株主の利益保護のため、本件第二次新株発行の瑕疵を攻撃しその効力を否定する訴えとして共通性を有し、ただ、新株発行の日、すなわち払込期日の翌日の到来によって、本件第二次新株発行差止めの訴えが維持できなくなった場合に備えて、本件新株発行無効の訴えを提起したもので前法律的な利益関係ないし社会的事実関係を同じくすると考えられるから、右両訴の間には、請求の基礎の同一性があるというべきであり、また、一般に、訴え変更の一つの態様として、従来の請求を維持しながら新請求を追加して請求の予備的併合を生ずる場合の追加変更も理論的に可能と解すべきである。

そうすると、被告主張の本案前の抗弁3は採用できない。

2  本案前の抗弁4(出訴期間の徒過)について

新株発行無効の訴えについては、新株発行の日(払込期日の翌日、本件第二次新株発行については昭和五九年九月一五日)から六か月以内に提起することを要するとの出訴期間の制限があるところ、本件訴えの変更の申立ては右出訴期間経過後である昭和六〇年一二月二日になされたことは、当事者間に争いがない。

ところで、訴えの変更が変更後の新請求に係る訴えについての出訴期間内になされなかった場合であっても、変更前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるとき、又は両者の間に存する関係から、変更後の新請求にかかる訴えを当初の訴え提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守におけて欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときに限り、訴えの変更が出訴期間を遵守したものと認められると解すべきである。

これを本件について見ると、被告は、昭和五九年八月二三日の取締役会において、払込期日を同年九月一四日として、本件第二次新株発行を決議したことは、前記一の2の(二)において説示したとおりであり、また、原告らが、同年九月二〇日、本件第二次新株発行差止めの訴えを提起し、その審理が当裁判所において進められていたところ、原告らは、昭和六〇年一〇月三一日の第八回口頭弁論期日において、被告が本案前の抗弁2(訴えの利益の欠缺)を申し立てたことから、本件第二次新株発行の実施を知り、本件第二次新株発行差止めの訴えを維持できない場合に備えて、昭和六〇年一二月二日、本件訴えの変更を申し立て、本件第二次新株発行差止めの訴えを本訴新株発行無効の訴えに予備的追加的に変更したこと、原告らは、本件第二次新株発行差止めの訴え及び本件新株発行無効の訴えにおいて、その請求原因としていずれも商法二八〇条の二第二項違反(有利発行)及び著しく不公正な方法による新株発行の各点を主張していることは、当裁判所に顕著であるところ、前記1に説示のとおり、本件第二次新株発行差止めの訴えと本件新株発行無効の訴えとは、前者が新株発行前に提起すべきものであり、後者が新株発行後になすべき訴えである点で異なるとはいえ、ともに本件第二次新株発行によって不利益を受ける従来の株主の利益保護のため、本件第二次新株発行の瑕疵を攻撃しその効力を否定する訴えとして共通性を有し、しかも本件においては、右に説示のとおり、原告らは、本件第二次新株発行差止めの訴えと本件新株発行無効の訴えにおいて、共通の請求原因事実(本件第二次新株発行の瑕疵事由)を主張しているのであるから、本件第二次新株発行差止めの訴えは、本件新株発行無効の訴えの先駆的役割を担っていたものということができ、前記出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情が存在したと解することができる。

そうすると、本件新株発行無効の訴えが出訴期間の遵守に欠けるところがないということができ、被告主張の本案前の抗弁4は採用できない。

3  本案前の抗弁1(原告適格の欠如)について

(一) 本案前の抗弁のうち、1(一)の事実及び同(二)のうち、原告二〇名は、昭和五九年七月ころ、いずれもその所有していた被告の株式全部を原告北村豊藏に売却したことは、当事者間に争いがなく、また、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二二号証、第二五号証、第二九号証、第四六号証を総合すれば、原告北村豊藏は、原告二〇名から取得した被告の株式全部と自己が従来から所有していた被告の株式全部をエムケイ又は青木定雄に売却したことを認めることができるが、原告二〇名から原告北村豊藏に対し、また、原告北村豊藏からエムケイ又は青木定雄に対し、右売却にかかる株券の引渡しがなされたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって成立に争いのない甲第二号証、第三二号証、乙第二四号証、第六〇号証の一、二、原本の存在及びその成立に争いのない甲第三六号証の一、二、乙第五四号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したもの認められる甲第七、八号証、第三三号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、在日米駐留軍の撤退に伴う駐留軍労務者の雇用対策として設立されたという経緯から、その設立当初の株主らは、創立総会において、被告の株式を第三者に譲渡しない旨、及びそのため株券を誓約書とともに被告事務所に保管しておく旨決議し、昭和四三年には、被告の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨を定め、更に昭和五八年ころ、被告の株式を第三者に譲渡しない旨の誓約書及び第三者に所有株券の保管を委託し、これを手渡した旨の公正証書を作成したことが認められ、右事実によると、前期売却にかかる株券の引渡しはなされなかったものと認めることができる。

以上によると、原告西村光雄については、既に被告の株式を喪失し、被告の株主でなくなっていることが認められるが、その余の原告らについては、被告の株式を喪失し、被告の株主でなくなっていることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告西村光雄については、本訴新株発行無効の訴えの原告適格を欠くものというべきである。

(二) もっとも、原告西村光雄は、被告会社の定款には、株式の譲渡について取締役の承認を要する旨の定めがあるから、被告としては、同原告が競売によって株式を喪失したとしても、なお同原告を株主として取り扱うべき旨主張するので、右の点について検討する。

なるほど、成立に争いのない甲第四号証によれば、被告会社の定款には、株式の譲渡について取締役会の承認を要する旨の定めがあることが認められる。ところで、定款ともって株式の譲渡につき取締役の承認を要する旨の定めがなされている場合に取締役会の承認を得ずになされた株式の譲渡は、会社に対する関係では効力を生じないが、譲渡当事者間では有効である。そして、このことは、競売により株式を取得した者が会社に対し右取得の承認請求をすることなく放置している場合についても妥当する。右の「譲渡当事者間では有効である」ということの意味は、従前の株主において、競落人に対してはもとより、会社に対しても、当該競落が株式の譲渡制限に反する故をもって無効であるとして権利主張することを許さないということにほかならない。蓋し、株式の譲渡制限の制度は、会社の利益保護のためのものであり、競落後における従前の株主の利益保護のためのものでなく、また、競落後会社に対し株式譲渡の承認を請求しうる者は、従前の株主ではなく、競落人であり、しかも競落人の右請求に対し会社が承認を与えない場合においても、そのことをもって従前の株主が競落前の株主の地位に復帰することは法的に認められていないうえ、従前の株主は、競落により株式の代金を取得し、他方株券を競落人に引き渡してしまうのであるから、株主の権利を行使すべき実質的理由を失い、株主としての法的保護に値しない状態になるからである。

そうすると、原告西村光雄の右主張は採用できない。

(三) 以上によると、原告西村光雄の本件新株発行無効の訴えは、その余の点について判断するまでもなく、却下を免れない。

4  請求原因について(原告西村光雄を除く原告らに関してである。)

(一) 請求原因1の事実(当事者)については、前期一の2の(一)に判示のとおりである(ただし、原告らについては、原告西村光雄を除く)

(二) 同2の事実(新株発行事項の決定)は、当事者間に争いがない。

(三) 同5の事実(新株発行無効事由)について。

(1) 一般に新株発行無効の訴えにおいて、新株発行の際に遵守すべき法令又は定款の規定の違反のうち、いかなる事由を無効原因と解すべきかについては、商法上特に規定がなく、解釈に委ねられていると考えられるところ、新株発行の効力が生ずる以前に新株の発行を差し止める場合であれば、すべての法令、定款違反の事実を差止事由とすることも妥当であるが、既に新株発行の効力が生じ、会社がそれによって拡大された規模で活動を開始した後に新株発行の無効を問題とする場合には、たとえ無効の遡及効が阻止されるとしても、取引の安全保護の観点から、なるべく無効原因を狭く解すべきである。

(2) そこで、右立場から本件について見ると、原告らが新株発行無効事由として主張する請求原因5(一)(商法二八〇条の二第二項違反)、同(二)(著しく不公正な方法による新株発行)の各事実は、いずれも比較的軽微な法令、定款の違反であり、新株発行無効原因にあたらないと解すべきものである。したがって、原告らの右主張は、それ自体失当というべきである。

(3) 次に、原告らは、本件第二次新株発行の無効事由として、本件第二次新株発行が新株発行差止めの仮処分決定に違反してなされた点を主張する(同(三))ので、この点について検討する。

本件において、申請人原告北村豊藏、被申請人被告間の京都地方裁判所昭和五九年(ヨ)第八五八号新株発行差止仮処分事件について、昭和五九年九月一二日、本件第二次新株発行を差し止める旨の本件仮処分決定があり、右決定は同日被申請人被告に送達されたことは、当事者間に争いがない。

ところで、新株発行差止請求権は、前記第一の一の1に説示のとおり、その権利の行使時以降新株発行時までに行われるべき諸々の発行手続のすべての不作為義務の履行を求めることを内容とする債権であるところ、商法二八〇条の一〇が、決議取消の訴えを規定した同法二四七条と異なって、訴えによって権利を行使すべきこと及び判決の効力が第三者にも及ぶことを規定していないことからすると、株主に会社の新株発行権限を対世的に制限して新株発行手続停止という法律状態を形成すべき形成権を与えたものと解する余地はないから、新株発行差止請求権は、個々の株主の会社に対する債権であり、会社は、権利を行使する株主に対し、対人的に不作為義務を負担するにすぎないと解すべきである。そうすると、新株発行差止請求権が行使されても、会社は、依然として新株発行の権限を有するものであり、この理は、新株発行差止請求権が仮処分によって認められた場合においても何ら異なるところはない。したがって、会社が仮処分決定を無視して新株を発行したとしても、それは、仮処分債権者である株主に対する義務に違反したにすぎないから、右義務違反のみをもって新株発行無効原因と解することはできない。また、実際上も、前記(1)に説示した取引の安全保護の見地からすると、新株発行差止めの仮処分決定に違反したことをもって新株発行無効原因と解するのは妥当でない。

そうすると、原告らの右主張もそれ自体失当というべきである。

第三  結論

よって、甲事件については、原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、乙事件については、原告らの主位的請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、原告らの予備的請求のうち、原告西村光雄の請求に係る訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例